金沢克彦の不定期コラム 第1回 ヒール

今年の初場所で幕内通算25回目の優勝を飾った横綱・朝青龍が、場所中に起こした泥酔暴行騒動の責任をとる格好で遂に引退へと追い込まれた。横審(横綱審議委員会)の前委員である内館牧子さんは「品格に欠く」と度々、朝青龍を糾弾してきたが、この横綱はそんな声もどこ吹く風で土俵内外を暴れ回ってきた。ともかく人気は絶大。大相撲の世界で、しかも横綱という最高位にありながら“ヒール”と呼ばれた力士は、この朝青龍が最初で最後となるだろう。そういえば、初場所優勝セレモニーの際に、東京都知事杯を贈呈するため土俵に上がった猪瀬直樹副知事は、「ヒールが強くなければおもしろくない! おめでとう」と目立とう精神まる出し、実にKYな一言を添えつつ都知事杯を手渡していた。

もともとヒールというのはアメリカのプロレス界から生まれたスラング(隠語)である。ほんの数年前までは、プロレスに関わるごく一部の人間だけしか使うことのない俗語だった。それが天下のNHKが全国区で生放送する大相撲の優勝セレモニーの中で、しかも副知事の口から堂々と発せられるのだから恐ろしい。今やヒールなる言語はすっかり市民権を得て、相撲界の隠語であった“ガチンコ”と並ぶ一般用語になってしまった感がある。

さて、そこで本題だ。泥酔暴行騒動、品格、そして内館牧子さん、おまけにヒールというフレーズが続けば、皆さんはおそらく、いや間違いなく、あの男の顔を思い出すに違いあるまい。我らが鈴木みのるである。
そう、みのるは地方巡業でしょっちゅう泥酔暴行騒動(?)を起こしている。といっても、この場合、いつも酔った勢いでNOSAWA論外が、「鈴木さん、殴り合いしましょうよ!」となぜか親分のみのるに決闘を申し込む。売られた決闘を買わねば男がすたるとばかり、みのるは二つ返事でそれを買う。まあ、結果は予想通り。子分のパンチはかすることもなくかわされ、いつも気持ちいいほどにNOSAWAがボコられてお終いなのだ。まさに師弟のボディランゲージともいえるが、あまり美しい話ではない。まあ品性というか、品格には欠く。あっ、そうそう品格といえば、それをプロレス界で初めて指摘された人物もみのるだったではないか! しかも、『プロレス大賞』特別選考委員を務める、かの内館さん直々のお言葉だった。遡ること3年数カ月前、鈴木みのるはプロレス大賞のMVPに選出された。その時、内館さんが「MVPとしてはちょっと品格に欠けるのではないか?」というような問題提起を投げ掛けたのである。
プロレスラーと品格。
決して永遠にイコールで結ばれることはないであろうテーマが浮上してくると同時に、鈴木みのるはプロレス界の頂点に立った。品格とは無縁と思われる世界で品格を疑われた男がMVPに輝いたのだ。

次なるキーワードがヒールである。これもまた遡って、06年12月半ばのこと。ちょうど、みのるのMVP受賞が決まった直後の話だ。私は某誌の企画により赤坂プリンスホテルの会議室でアブド―ラ・ザ・ブッチャ―と対談していた。
ブッチャ―といえば、タイガー・ジェット・シンと共に、日本マットが生んだ二大ヒールの一翼であり、馬場体制・全日本プロレスを躍進させた最大の功労者でもある。知名度は抜群で、頭もスマート。当然のように、ビジネス観に関してはシビアそのもの。どんな話題を振っても、結局、彼のファイナルアンサーはすべて「マネー」(=金のため)だった。ただし、一つ気付いたことがある。ブッチャ―の回答がすべて「マネー」であったとしても、彼が指すものは物質的なお金そのものではなく、対価としての価値観なのだろうと思ったのだ。つまり、お金がプライオリティなのではなく、お金こそが彼のアイデンティティの象徴なのだ。
フォークを手に暴れ回り、額に幾筋もの深い溝を作って稼いだ金は、実に尊いような気がした。そんなことを思っているうちに、この日本マットに品格を問われるMVP男が現れたことをブッチャ―に知ってもらいたくなった。
「ブッチャ―さん、今年のMVPを獲った鈴木みのるという選手をご存知ですか?」
「スズキ……いや、知らないね」
「彼も、ブッチャ―さんがテリ―・ファンクをフォークでメッタ刺しにしたシーンを少年時代にテレビで観て、それからプロレスファンになったというんです」
「そうか(苦笑)。で、そのスズキはヒールなのかい? ベビーフェイスなのか?」
「コレは英語でどういうのかなあ? 彼は“世界一性格の悪い男”と呼ばれていて(笑)……あまり反則攻撃をしたり凶器を使ったりはしないけど、発言とか試合態度がとてもストレートに意地悪で新しいタイプのヒールじゃないかと」
「こんど観てみたいな。とにかくスズキは客を呼べる男だってことだろ? じゃあ、どっちにしろ彼はスター選手なんだよ」
その1年後のことだった。劇的に両者は遭遇する。07年10月、全日本プロレスの代々木大会でタッグマッチながら初対決。しかも試合後、みのるはブッチャ―に歩み寄ると握手を交わし、合体を表明。翌月の『世界最強タッグ決定リーグ戦』へのエントリーまで勝手にぶち上げた。この時点で、まだブッチャ―の方は鈴木みのるの何たるかを理解していないようだったが、みのるは喜色満面。
「すげえー面白いオモチャ見つけちゃったよ。あのブッチャ―だぜ! 最強タッグはこのオモチャを使って存分に遊ばせてもらうから」と独特の言い回しを駆使して珍しく熱弁を振るった。
さらに、その3週間後のこと。新木場1stRINGという小さなハコに、突然ある男が現れた。ブルーザ―・ミノディという鈴木みのる似の男。というか、故ブルーザ―・ブロディをみのるがパクッて、パートナーはタカン・ハンセン(高山善廣)……つまり鈴木&高山が懐かしの超獣コンビを再現したのである。このブロディがまた激似だった。チェーンの振り回し方から、客席に躍り込んで「ウォッ! ウォッ!」とシャウトする様から、片足踏み切りドロップキック、コーナ―へのビッグブーツ、そしてキングコング・ニ―ドロップと一連の完コピぶりには驚かされた。まあ、このブロディという男も時代を彩ったヒールの凄玉である。
あとで聞いてみると、「なんせ昨日、20分もビデオで研究したからな」とみのるは涼しい顔をしていたものの、実際は3時間近くも昔のブロディの試合映像を観て、その特徴を研究していたらしい。
この話は、まだ終わらない。その2週間後、みのるとコンビを組んで『最強タッグ』に出場するブッチャ―が来日。たまたまテレビのCS放送(サムライTV)を観たブッチャ―はまん丸の目をさらに丸くした。本物より小柄だが、ブロディそっくりの男がファイトしている姿を目に留めたのだ。試合前の控室でブッチャ―がその話を振ってきた。「ミスター・ブッチャ―、アレは俺だよ」とみのるが言うと、ブッチャ―のまん丸の目はさらにもっと丸くなった。
「そうか! アレはユーか。ソックリだったよ、フランクに。あんまり似ているんでビックリした。俺はこの通りもうトシだからあんまり動けない。その分、今回のツアーではユーがリードしてくれると期待しているよ」
その言葉通りに、みのるから見たブッチャ―は最高のオモチャだったし、ファンから見れば生きる伝説そのもの。大歓声の中、連日フォークを手に生き生きとリング内外を暴れ回った。そして、いつの間にか、みのるのことを「ティ―チャ―」と呼び始めた。試合の作戦から何からすべてみのるが考えて、リードしてくれたからだ。
レジェンド・ヒールのブッチャ―から「先生」と呼ばれたら、みのるも悪い気はしないだろう。ちょうど1年前、私が「鈴木みのるを知っていますか?」と質問したことをブッチャ―は思い出してくれたろうか? 新しいタイプのヒールという表現を理解してくれただろうか?

ここ最近、ヒール側へと区分けされる日本人レスラーが急増してきた。凶器は使うし、反則・乱入はお手のもの。それなのに、「普段はとてもいい人」だとか「ファンには優しい」なんて評されるレスラーは最悪だ。それじゃあ、「仕事で悪役やってます」と言っているようなものだし、見え透いていて面白くもない。
みのるを見ろ! Tシャツを購入したファンにもあんまり優しくないし、マスコミにも媚を売らない。基本的に態度がデカくて、意地悪で、感情剥き出しに笑ったり怒ったり……そのくせ時にホロリとくるような言葉をマイクを通して訴えたりもする。作りものではない、その場の生の感情をぶつけるプロレスラ―が鈴木みのる。それは普段の彼の生き方そのもの。これが新しいヒール像といえるのかもしれないし、少なくとも他の誰にも真似のできないプロレスである。

新日本プロレスの練習生だった18歳の頃も、キャリア20年を超え四十路に入った今も、私の中のみのるは何も変わらない。顔を合わせれば、「おお、オッサン!」と、まずは悪態から始まる(笑)。この真っ正直な“悪童”は、どこのリングに上がろうと誰を相手にしようとも光り輝いている。

2010.03.21

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