金沢克彦の不定期コラム 第8回 下剋上

約1年半ぶりにこちらのサイトにコラムを寄稿させてもらうことになった。前回のテーマは2019年2月21日、後楽園ホールで開催された『飯塚高史引退記念試合』に関してだった。
あれから1年半……もう隔世の感があることは否めない。新型ウイルスの感染拡大は世界中に大きな影響を及ぼし、その状況下でプロレス界もなんとか踏ん張っている。
そういった最中だからこそ、ボス(鈴木みのる)同様にアグレッシブでなくてはならない。そんな思いもこめて、『鈴木みのるOfficial Photo Site』もリニューアルされたのかもしれない。
同時に、鈴木みのる新作Tシャツも出来上がった。これが、かなりヤバイ。強烈すぎるインパクト。前面にプリントされているのは、みのるが舌を出して天空を睨んでいる画像。そこに“KING”の4文字だけが被せてある。
いまどきのオシャレなプロレスTシャツとは真逆をいく発想なのだ。その顔(表情)だけでもプロレスを表現できる唯一の男が鈴木みのる。制作者の意図は明白である。
それにしても、みのるの表情がなんともハマっている。怒っている? 笑っている? いや、勝ち誇っているようにみえる。これが、プロレス王=KINGの顔なのだ。
かつて、「世界一性格の悪い男」が鈴木のキャッチフレーズだった。それが5年ほど前から、みのるは自らを「プロレス界の王様」と称するようになった。
王様と言ってもそうとうな暴君であることは間違いないのだが(笑)、周囲も徐々にそれを認めはじめた。そして、鈴木はプロレス王(KING)として完全に認知された。
そういえば鈴木軍にあって、もうひとりキャッチフレーズが変わった男がいる。
鈴木軍結成(2011年5月)当初からボスの子分として巧妙に立ちまわって、「世界一性格の小ズルい男」と称されていたタイチが、いまでは「愛を捨てた聖帝」なるキャッチのキャラを作り上げたのだ。
もちろん、そのフレーズだけではない。肉体改造によって2018年3月から正式にヘビー級転向を表明したタイチは堂々と新日マットのタイトル戦線、トップ戦線に絡むまでに成長した。
昨年はボスの鈴木みのるが『G1 CLIMAX29』にエントリー漏れしたにも関わらず、『G1』初出場。内藤哲也、石井智宏、後藤洋央紀、ジュース・ロビンソンから白星をゲットしている。
さらに今年に入って7・12大阪城ホールにおいて、超ベビーフェイスであり新日本本隊の2トップであるゴールデン☆エース(棚橋弘至&飯伏幸太)からザック・セイバーJr.とのコンビでIWGPタッグ王座を強奪。8・29明治神宮野球場大会のリターンマッチでも棚橋を沈めて、初防衛に成功した。
神宮球場といえば、同大会のベストマッチといわれたNEVER無差別級選手権も忘れてはいけない。王者はいま売り出し中の鷹木信悟(ロス・インゴベルブレス・デ・ハポン)であったが、激闘の喧嘩マッチの末にゴッチ式パイルドライバーでみのるが鷹木を仕留めた。2年8ヵ月ぶりにNEVERのベルトを手にした鈴木は、「これが鈴木みのるだー!!」と咆哮した。
この叫びには、いろいろな意味があったと思う。鷹木が手応えのある喧嘩相手であったこと。大舞台で、その鷹木を破りプロレス王であることを証明できたこと。また、『G1』に向けてのアピールもあったのかもしれない。
1年前に味わった屈辱。まさかの『G1』選考漏れ。「こんなに屈辱的に悔しさにまみれた1ヵ月はなかった。夜も寝られないぐらい悔しかった」と、当時みのるは言った。
無論、転んでもただでは起きないのも鈴木だから、昨年の『G1』最終戦のタッグマッチ(鈴木&ザックvsオカダ・カズチカ&棚橋)で当時のIWGPヘビー級王者であるオカダからピンフォール勝ちを奪い、8・31英国ロンドン大会でオカダのIWGP王座に挑戦している。
ただし、つねにアンテナを張りプロレス頭を働かせていると同時に、記憶力も抜群の鈴木はあのときの屈辱を決して忘れてはいないだろう。
「新日本プロレス、これで文句あるか!」
神宮での叫びは前年のリベンジもこめた『G1』出場宣言であるようにも、私には聞こえてきたのだ。
そして、9・9仙台サンプラザホール大会で、今年の『G1 CLIMAX30』の出場メンバー20名とブロック分けが発表された。
Aブロック=飯伏幸太、ジェフ・コブ、オカダ・カズチカ、石井智宏、ウィル・オスプレイ、鷹木信悟、鈴木みのる、タイチ、ジェイ・ホワイト、高橋裕二郎。
Bブロック=棚橋弘至、ジュース・ロビンソン、後藤洋央紀、矢野通、YOSHI―HASHI、内藤哲也、SANADA、ザック・セイバーJr.、KENTA、EVIL。
注目すべきはAブロックだろう。どう見ても激戦区となるだろうし、目玉カードが目白押し。そのなかでも、もっとも気になるのは同門の鈴木とタイチがついに相まみえること。
それは周囲が思っている以上に、両選手が意識していたし覚悟はとっくに出来上がっていた。事件(?)は、8・11後楽園ホールで起こった。この大会のメインイベントはIWGPジュニアタッグ王座決定戦(エル・デスペラード&金丸義信vs高橋ヒロム&BUSHI)で、デスペラードがヒロムからフォールを奪い、新王者チームとなった。
これによって、鈴木軍はNEVER、IWGPタッグ、IWGPジュニアタッグと3大王座、5本のベルトを手にした。この結果は新日本マットの混沌としたユニット闘争において、鈴木軍の現在の勢いと実力、また結束力を示すもの。
ところが、それ以上のインパクトを見せつけたのが第2試合の8人タッグマッチ(鈴木&タイチ&ザック&DOUKIvs棚橋&飯伏&田口&ワト)での試合後のワンシーンだった。試合はタイチが田口からタップを奪い、鈴木軍の快勝に終わった。
試合後、同じAブロックにエントリーしている飯伏、鈴木、タイチが互いを意識し合う。
そこで仕掛けたのはなんとボスからだった。
タイチに詰め寄り至近距離からガンを飛ばし、睨み合い。さらに鈴木がタイチの喉元を掴んで吠えると、タイチも喉元を掴んでやり返す。
因縁浅からぬ飯伏をしり目に同門の2人が異常なまでに相手を意識して、それを行動に移したこと。しかも、ボスである鈴木から仕掛けていったこと。これに館内は騒然となった。
バックステージで、その心境が明かされる。
「おい、タイチ! ブチ殺してやる」と鈴木が戦闘宣言をすれば、「やってみろよ。『殺す』だ!? やってみろ、この野郎」とタイチも覚悟のコメントを返している。
両者による公式戦は、開幕3戦目の9・23北海道立総合体育センター(北海きたえーる)に決まった。鈴木みのるvsタイチ。約4年ぶりの同門対決。あれから4年の歳月を経ての2度目の一騎打ち。もちろん、A、B両ブロックを併せた全公式戦のなかでも屈指の注目カードと言っていいだろう。 
過去に一度だけ両者が交わった舞台は、2016年12月30日に新木場1st RINGで開催された『TAKA&タイチ興行~3周年記念大会』のメインイベントであった。
その直前までの約2年間、鈴木軍はプロレスリングNOAH(以下、ノア)のリングを席捲していた。2015年1月、新日本マットからノアマットに戦場を変えて以来、ノアの宝(ベルト)はすべて強奪し総なめにしてみせた。
この新木場大会の6日後、年明けの1・5後楽園ホールで新日本のリングに総勢で乱入し、新日マット復帰のデモンストレーションを行なったわけだから、鈴木軍の歴史においても新木場大会はひとつのターニングポイントとなる興行に位置づけされるのだ。
あのとき、あの場所で、なにが起こったのか? すこし紐解いてみたい。
メインのスペシャルシングルマッチで組まれたのが、鈴木みのるvsタイチの初シングル戦。鈴木軍結成から5年半にして、タイチが初めてボスの牙城に挑んでいった。試合は25分45秒という長期戦となった。
鈴木の攻撃は厳しかった。まるでタイチの気持ちを確かめるように容赦なく徹底して痛ぶる。「来いよ! そんなもんか」と口撃のほうもいつにも増して多い。
あろうことかタイチもアキレス腱固めにきた鈴木に対して、「てめえの関節はそんなもんか!」と言い返す。さらに必殺のブラックメフィストも繰り出した。その時点でのタイチの全力をぶつけていったと言っていいし、それを引き出したのが鈴木の厳しい攻めであることも伝わってくる。
最後はスリーパーホールドからのゴッチ式パイルドライバーで決着。試合後のマイクアピールのシーンも印象深いものだった。
「オレはもう次いくとこ決めたぜ。おめえらのボスは、このオレ、鈴木みのるだ! オレと一緒に行こうぜ」
そう鈴木が事実上の新日本マット復帰を宣言すると、TAKAみちのく、金丸は鈴木と拳を合わせた。ただし、タイチは大の字のまま動けない。その様子を見ながら鈴木がまた語りはじめる。
「この2年で随分強くなったじゃねえか。おい、タイチ、オレにはな、おめえみたいに小ズルいことはできねえんだよ。おめえみたいに女をリングに上げてベタベタできねえ。おめえみてえに、(髪の)先っぽだけ金色にすることもできねえんだよ。だからてめえはオレと一緒に来て、オレのできないことをやれ」 
実際に肌を合わせたことによって、鈴木はタイチの成長を感じたろうし、タイチの持つオリジナリティー、キャラクターをハッキリと認めたようだった。
一方、大ダメージを被ったタイチはバックステージで爽やかな表情を垣間見せた。
「鈴木軍で5年以上やってきたけど、ボスとは隣に立ってただけで1回もやる機会がなかったし、実際どうなのかと思ってた。今まで避けてたとこもあったけど、実際に肌を合わせてみてやっぱりこの人だって思ったよ。開始1分でわかった。あの人は怖くて、強くて、カッコいいよ。オレらの結束力は変わってねえ」
つねに人を食ったような発言でマスコミやファンを煙に巻くのもタイチ流なのだが、この時ばかりは本音しか出てこなかった。たしかに当時のタイチは、このまま鈴木軍のメンバーで居続けることに葛藤を感じていたようだ。言葉を変えると、自立心が芽生えてきたわけである。
ただ、そのタイミングで鈴木みのるを初めて体感し、自分自身も目指す場所である新日本のリングがふたたび見えてきた。ノアマットでの2年間は、タイチを太々しく進化させたし、最終的に目指すべきは新日本マットで“上”を取ることだという答えもみつかったのだ。
いや、もしかしたらいつか鈴木みのるを倒すことを、そのとき自分のモチベ―ション、目標として課したのかもしれない。
あれから約4年。新日本ヘビー級戦線のトップの一角に踊り出てきたタイチ。52歳にしてグッドシェープでコンディション抜群、未だ試合のたびに進化しつづける鈴木みのる。
9・23札幌での公式戦は、鈴木軍同門対決として好勝負をしようなどという、生やさしい闘いでない。勝ち負けがすべてのタイマン勝負なのだ。
他のユニット……CHAOS、BULLET CLUB、ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンとは違う。鈴木軍にはボスである鈴木みのるの名称が冠として掲げられている。鈴木軍は鈴木軍。ボスが一番強くなくてはならないのだ。
ボスは力でねじ伏せにいくだろうし、タイチは下剋上を狙っている。試合そのものは当然ながら、試合後にどういう風景が見えてくるかも気になるし、予想もつかない。
鈴木みのるvsタイチ。いちレスラー同士の闘いにして、鈴木軍の命運を懸けた大勝負となるだろう。

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