鈴木みのるの薫陶を受けたプロレスラーのひとりに“女子プロ界の横綱”と呼ばれる里村明衣子がいる。過去に、鈴木とタッグを組んで高山善廣に真っ向から対峙していった経験もある里村。最近では、天龍源一郎の引退シリーズで天龍と二度対戦し、いまだ荒ぶるレジェンドのグ―パンチを食らいながら、鋭いローキックでダウンを奪ってもいる。
いま現在、新日本プロレスが新規ファン獲得に成功し、一種のプロレスムーブメントを作りだす中、女子プロ界はまだ眠ったまま。そこを指して里村はこう指摘した。
「向かい合った瞬間に突っかかっていくようなギラギラしたものが、誰にもないんです。いまの選手はみんないい人になりたい。ヒールもそれぞれいい人なんです。私が求めるのは、鈴木みのるさん。見ていて、気持ちいいぐらいの言動です」
里村からこの話を聞いたのは8月初旬のこと。ハッとした。特別な言葉ではないけれど、核心を衝いている。鈴木の本質を言い当てている。そうなんだ。男子も女子も関係ない。プロレスラーも一般人も関係ない。
みんな、いい人でありたい。人からよく思われたい。そのためには、一時しのぎのおべっかも使えば、心にもない言葉のフォローも飛び出す。プロレスラーでいうなら、試合後のマイクパフォーマンスの半分は言い訳と、解説とパブリシティーにあたる。
本来、プロレスラーにマイクはいらない。試合で見せて、肉体で表現してナンボの世界であるからだ。もちろん、鈴木だってマイクを持つ。だけど、彼の場合、そこに言い訳や解説はない。あるのは悪態と挑発。観客の憎悪をさらに煽るアジテーション。まあ、それもカタチを変えたパブリシティ―なのかもしれない。
「ブ―ブ―ブ―ブ―って、お前らブタかよ!人間の言葉でしゃべってみろよ。いいか、強い者が勝つんだよ。強さが正義なんだよ。だから、俺がこのリングの王様なんだよ! ス・ズ・キ・グン、イチバ~ン!!」
これが観客の怒りに一層拍車をかけるから、さらにブーイングと怒号は増して、モノまで飛んでくる。近年、ここまでファンの感情を揺さぶるレスラーはじつに珍しい。観客が本気で怒れば、鈴木もマジギレして立ち向かう。1人で数千人のファンに立ち向かい、口論を展開しているようなものである。その会場、いや戦場はいまプロレスリング・ノアである。
ここ最近のプロレス界……プロレス会場で沸き起こるブーイングというのは一種のお約束となってきた。ファンが一体となった選手への煽りでもあり、そこに憎しみの感情は存在しない。言ってみれば、試合をより楽しむためのブーイング。ファンが自ら試合を演出するスパイスの役目を果たしているのだ。
だから、新日本プロレスの絶対エースであり、ファンから抜群の信頼感を得ている棚橋弘至に対しても、対戦相手しだいで時にブーイングが浴びせられる。この手のブーイングは判官びいき以外の何ものでもない。棚橋もその反応を即座にキャッチして、その日の自分のファイトスタイルを変化させていく。
それ以外にブーイングが起こるとすれば、海外修行から凱旋し会社がプッシュしようとしている選手が期待に応えられなかったとき。いまをときめくオカダ・カズチカでさえ、帰国第1戦ではブーイングを浴びた。これらもまた日本マット界の恒例行事。あの武藤敬司だって、凱旋試合でブーイングを浴びている。これはもう新参者への洗礼と言っていいのだろう。
そういった類のブーイングとは明らかに一線をひいた鈴木と鈴木軍への反応。王道を掲げたジャイアント馬場の流れを汲み、三沢光晴(故人)というカリスマが立ちあげたノア。王道の延長戦で純粋培養されてきたファンたち。それを粉々にブチ壊してしまう鈴木という劇薬はあまりに刺激が強すぎるのだ。
ノアファンの怒りの度合い、飛び交う罵声、怒号はまるで昭和プロレスの風景。1970年代の新日本プロレスにまで一気にタイムスリップしてしまった感もある。こうなると鈴木の存在は現代版のタイガー・ジェット・シンの如しである。
それなら鈴木軍は、ラッシャ―木村率いる、はぐれ国際軍団か?
いや、国際軍団には会社が倒産したことにより行き場を失った者たちの哀愁がどこかに漂っていた。一方の鈴木軍に哀愁などは微塵も感じられない。彼らが発散する空気は、過信と思えるほどの自信と、傍若無人な態度であり、宣言どおりに団体の象徴(ベルト)を独占してしまう強さなのだ。
蹂躙された聖地ノアのリング。ビッグマッチの最後には本当の意味でのバッドエンドが待っている。そこにも懐かしい昭和プロレスの匂いが漂ってくる。スーパースターであるアントニオ猪木がマットに沈んだ日。勝ち誇るヒ―ルレスラー。信じがたい光景。だれもが本気でプロレスにのめり込み、本気でヒーローを応援し、本気で怒り、本気で悲しみに暮れていた光景が甦る。
バッドエンド=ハッピーエンドの反意語。辞書によれば、「バッドエンドとは、その名の通り、不幸・最悪な物語の結末のことである」と書かれている。バッドエンドがあるから、ハッピーエンドがより際立つ。最後は正義が勝つ。ふつうは、そう考える。ただし、鈴木みのるが叩きつける現実には、そんな甘っちょろい方程式は見えてこない。逆転なんか許さない、永遠に奈落の底に突き落としてやる。お前たちがぬくぬくと生きてきた結果がこの結末。当然の結果、必然の結末。鈴木はいつもそう訴えているように見えるのだ。
では、鈴木みのると鈴木軍がノア侵攻をスタートし、侵略、壊滅、沈没へと着々と歩を進めつつある、この1年弱の軌跡をいま一度振り返ってみたい。
スタートは昨年の6月だった。もしかしたら鈴木本人は否定するかもしれないが、5・3福岡大会から新日本マットに本格参戦したAJスタイルズが1発でオカダ・カズチカからIWGPヘビー級王座を奪取した事実が大きかったと思うのだ。AJというアメプロ界が生んだ逸材は瞬く間に新日本のトップに君臨し、彼を迎え入れたBULLET CLUBは新日本の名立たるベルトを総取りする。
そのAJと鈴木は『G1 CLIMAX24』公式戦(8・1後楽園ホール)で至極の名勝負を繰り広げ、日本のみならず世界をあっと言わせた。その一戦は米国レスリング・オブザーバー紙の年間ベストバウトにも選出されている。だが、そんなことは気休めにもならなかった。
昨年の9月9日、7年半ぶりに復刊した『ゴング』第0号が発売された。本の目玉は、当然のように『G1 CLIMAX24』。鈴木みのるの戦績は5勝5敗と振るわなかった。ただし、AJとの一戦は「鈴木みのる、ここにあり!」を世界に知らしめたのである。そこで、『ゴング』ではこの1戦だけで特集を組んだ。「110戦分の1の奇跡! AJvs鈴木戦を読み解く」と題して、AJと鈴木を個別に取材して奇跡の名勝負を検証した。
「スズキがパンクラスのシュートファイターであったことも、カール・ゴッチの弟子であったことも聞いていた。だけど、私もレスリングをずっとやってきたし、そういうスタイルは嫌いじゃないから。レスリングには、オールドスクールもニュースクールも関係ないんだ。基本は一緒なんだから、それだけの力量を持っているもの同士が闘えばトゥギャザーするんだよ。スズキとは表面的ではない、容量の大きな試合ができたと自負している。彼はグレートレスラーだよ。もっとストレートに言うなら尊敬の気持ちがある。今回、ファンは私とスズキの試合にいろいろなイマジネーションを抱いたと思うんだ。それを超えてみせたからこそ、最高のコンビネーション(組合せ)として成功したんじゃないかな」
私の問いかけにAJはよどみなく答えた。論理的な分析。スマートな男だった。すでに、鈴木戦が本国アメリカでも話題になっていることを彼は知っていた。 世界のAJが発した言葉。それを伝えたうえで鈴木にも回答を求めた。私の過剰な期待は見事に打ち砕かれた。鈴木の口は固かった。重いのではなく、固かった。
「勝たなきゃなんの意味もない」という勝負論の原点に返っていた。いや、それ以上の感情があるからこそ、キレイごとで収める気など毛頭ないと言っているようにも聞こえてきた。
「俺を尊敬してるって? そんな言葉は信用もしていない。試合が世界的に評価された? 嬉しくもなんともない。俺にとっては過去のことだから。AJがIWGPチャンピオンだから? それはある、大いにあるよ」
初めて鈴木が乗ってきた。そして、ついに本音が飛び出してきた。
「ここ最近ストレス溜まりまくってイライラしていた。ひとりでいる時間は、ほとんどそれを考えていたよ。『なんで、こんな状態なんだ!』って。それは鈴木軍のやつらには話した。それを変えるためにはどうするか、それでここに至っている。ファンには伝える必要はない。ただ、イライラの原因にAJもそう、BULLET CLUBも入っている。人の遊び場に入ってきて、なにを荒してくれてんだって。俺たちが占領していくはずだったものを、あいつらにぜんぶ獲られる。俺らはフリ―とはみ出し者だろ? いま求められてるのは結果だから。まあ、見てろよ!ってとこだな」
これが昨年8月アタマの話。鈴木のなかで、とっくになにかが弾けていたのだ。
鈴木自身は一昨年の11月、大阪府立体育会館で中邑真輔の保持するIWGPインターコンチネンタル王座に挑戦して以来、タイトル戦線に顔を出すことがなかった。インターコンチネンタル王座は中邑カラ―に染まっており、中邑を軸に動いていた。
最高峰に位置づけされるIWGPヘビー級王座は、AJ、棚橋、オカダの3選手によるトライアングル抗争が続いていた。そのトライアングルにはだれも割って入る余地がないかのような図式ができあがりつつあった。
「なぜ、俺たちじゃないんだ?」
「なぜ、BULLET CLUBなんだ?」
「こいつらは二番煎じ、俺らの真似をしてるだけだろ!」
「なぜ、俺たちがポスターに載っていないんだ!?」
「なぜ、山手線の先頭車両に俺らがいないのか?」
「この10年、IWGPも三冠もGHCも大きなタイトルは俺中心に回ってきたはずだろ!?」
自問自答が続く。行き着くところは、新日本マットの中心軸にいる棚橋、中邑、オカダに対するジェラシーだった。
鈴木は10年後の自分を想像してみた。そのとき、10年後の自分が見えなかった。年老いた自分しか見えてこなかった。自宅の洗面所にある大鏡で自分の姿をまじまじと見つめてみた。
「なんかカッコ悪いな、俺」
鈴木はそう思った。10年後も当たり前のようにプロレス界のトップにいる。そういう自分であることを望んだときに答えが見えた。じつは、昨年6月に答えは出ていたのだ。
食生活を変え、トレーニング方法を変えた。半年後には明らかに身体が変わっていた。10年後を見据えたという鈴木の肉体。昨年末には、まるで15年前の鈴木みのるを見るように絞られていた。
そんなとき、獲物は向こうから飛び込んできた。今年の1・4東京ドーム。元パートナー同士で抗争を続ける矢野通(CHAOS)と飯塚高史(鈴木軍)。鈴木軍(飯塚&ランス・アーチャー&デイビーボーイ・スミスJr、シェルトン・Ⅹ・ベンジャミン)に対抗して、Ⅹとなる3選手を矢野が呼びよせた。
それが丸藤正道、TMDK(マイキ―・ニコルス&シェイン・ヘイスト)のノア主力3選手。矢野のラインだから、おそらくノアのヒール軍からの選抜だと思っていたところへ、日本側のトップにして副社長と、外国人のトップチームが合流してきた。
鈴木と丸藤は過去にノアでチームを組んで、GHCタッグ王座を保持していた。タッグパートナーとしてイギリス遠征も経験している。当時は私生活でも意気投合していた。最近までたまに連絡も取り合ってきた。だから「あいつのことはすべて見えるし、考えていることもわかる」と言う。その丸藤が鈴木軍の敵にまわった。
「だから乗り込む。鈴木軍に売った喧嘩、俺が買ってやる」
異常にいきり立っていたのはノア勢にまんまとやられたKES(ランス&スミス)とベンジャミンだった。むしろ、鈴木は冷静だった。いや、冷静に見えた。ところが実際は、想像を超えた覚悟が出来上がっていた。
ドーム大会の6日後、マット界に激震が走った。予告はあったし、予想もされていた。しかし、まさか鈴木軍が総出でノアのリングを急襲するとは……。ボスの鈴木を先頭に、ランス、スミス、ベンジャミン、飯塚、TAKAみちのく、タイチ、エル・デスぺラードと、フルメンバーがノアのリングをジャックした。
軍団というより、団体そのものがまるまる乗り込んできたかのような光景だった。ここ数年で、秋山準、潮崎豪、金丸義信、鈴木鼓太郎、青木篤志の離脱、KENTAのWWE(NXT)入団、のちの森嶋猛引退と、主力選手が続々と去っていくノアには、提携する新日本から永田裕志、小島聡らの第3世代、獣神サンダ―・ライガ―、タイガーマスクのレジェンド・ジュニア戦士、若手の田中翔、CHAOS時代の矢野&飯塚コンビなどが相次いで参戦している。
そういった友好関係とは明らかに一線を引く、殴り込み。メインで小島を破りGHC王座防衛に成功した丸藤を、鈴木はスリーパーからのゴッチ式パイルドライバーで完全KOしてのけた。
これがバッドエンドのプロローグ。ただし、私たちマスコミの人間も、熱烈ノアファンにしても、まだ淡い希望を持っていた。だから、完全な拒絶反応まではいっていなかった。
つまり、勘ぐった一般的な見方を捨て切れなかったのである。鈴木軍は人員過剰気味の新日本から、提携するノアに派遣されてきた。反対に、離脱・退団などにより選手数が減少したノアにとって、鈴木軍の参入は喜ばしいし、話題的に集客にもつながるし、新鮮なカードが実現するだろうというもの。
そういった見方を次々と鈴木軍は覆していった。ノアマットに乱入した直後、鈴木はこう言った。
「なにをどう言われてもかまわない。そんなことはどっちでもいいよ。『俺がノアをおもしろくしてやる』なんて気持ちもさらっさらないし。喧嘩するのに理由なんてないだろ? どれほどの宝(ベルト)か知らないけど、宝よこせって言ってるだけだから。あいつら、全員それにすがってるんだろ? 亡くなった人も含めて過去の人たちが作って来たステータスに乗っかって生きながらえようとしてるやつらにしか思えないよ、ノアなんて。宝を錆びつかせていることすらも、自分たちでわかっていない、お気楽な連中だよ。だけど残念ながら、俺がいるリングはおもしろいんだよ(笑)。これは俺が言ってるんじゃない、過去が言ってるんだよ。これまで俺が行って盛り上がらなかったところないもん。ぶっちゃけ、いまの新日本がこれほど盛り上がったのは俺のおかげだと思ってるからね。100%、俺のおかげ。だいたいノアで起こったことがこれだけ話題になるのって初めてじゃないの」
こういう分析は、理論的という。かなり強引だけれど、たしかに鈴木みのるがリングに上がれば、そこがメジャーであろうとインディーであろうと、スポットのワンマッチ参戦であろうと、試合は盛り上がる。たしかに、過去は語っているのだ。
劇薬ともいうべき鈴木軍を丸藤は受け入れた。ノアの副社長として、GHC王者として退くわけにはいかなかった。鈴木にとってはそこも計算通りだったのか? それ以来、後楽園ホールの集客は確実に伸びたし、マスコミの数も増えた。鈴木軍が参戦して最初のビッグマッチ、3・15有明コロシアムでも衝撃が待っていた。
GHC4大王座を鈴木軍が総取り。館内にノアファンの怒号が鳴り響いた。GHCジュニアタッグ王座は3WAY戦で行なわれ、TAKA&デスぺラードがベルト奪取。GHCジュニアヘビー級選手権では、タイチが十八番のブラックメフィストで小峠篤司を沈めた。
新日本ではベルト挑戦のチャンスさえ、なかなか廻ってこなかった男たちの戴冠劇。ただし、不思議なことはなにもない。ノアの大会では、タイチやTAKAのシングルマッチが後楽園ホールでふつうに組まれることもたびたびあった。あらためて、彼らの持つ本来の力量が際立ってくる。新日本での6人タッグや8人タッグの軍団対抗戦では見ることのできない実力、キャリア、上手さが垣間見られるのだ。
タイチにしても、メキシコCMLL遠征時代、1万6000人収容のアレナ・メヒコを超満員にしてメインを張った男。しかも、シングルマッチ(マキシモとの髪切りマッチ)である。ここ数年、新日本の並入るトップ勢がCMLLに遠征しているが、現地でもっとも支持を得ていた男は、タイチで、二番手が内藤哲也だった。
とくに、日本人離れした色白で端正なマスクに長髪をなびかせるタイチは、ルードながら女性ファンをくぎ付けにしていた。これまで過小評価されていたタイチの実力が存分に発揮された格好でもあった。
もちろん、その実力という言葉の中にはエゲツないほどに汚ない手のオンパレードも含まれている。ベルトで殴り、TAKA&デスぺラードを介入させ、真っすぐな小峠を翻弄したのだ。
ただ、考えてみてほしい。メキシコシティの1万6000人キャパの大会場でシングルのメインを張るということは、日本に例えるなら両国国技館、日本武道館、横浜アリーナでメインを飾るようなものなのである。5年前にタイチはそれをやってのけているし、いまCMLLに参戦すれば、即メインイベンターである。
すでに、2・11名古屋国際会議場でTMDKからGHCタッグベルトを奪取していたKESは、リターンマッチでも快勝し、初防衛に成功した。
トリで実現した丸藤vs鈴木のGHCヘビー級選手権。過去、同王座に3度挑戦している鈴木。時の王者は小橋建太、秋山準、杉浦貴だった。4年ぶり4度目の挑戦。ある意味、丸藤とは合わせ鏡の部分もある。相手が飛んだロープと同じ方向のロープに飛ぶ時間差ロープワークを始めたのは、ほぼ同時期。
一般的に考案者は丸藤とされているが、鈴木に言わせると「俺が先」だという。その真偽はともかく、鈴木の足の速さは驚異的だった。ロープワークはもとより、コーナーへのダッシュも速い。
相手の攻撃を交わすダッキングも紙一重で見切る。最初から頭を下げているのではなくて、相手の攻撃を最後まで見ながらサッと頭を沈めてバックにまわり、スリーパーに捉える。本物の技術は肉体改造とトレーニングから生まれるもの。口先だけではないことを痛切に見せつけられる。
さらに、飯塚の乱入を呼び込んで、アイアンフィンガーフロムヘルの一撃。これを受けてのゴッチ式パイルドライバーで、丸藤からベルトを強奪した。館内はブーイングと怒号に包まれた。険しい表情で鈴木に詰め寄る立会人の小橋。この2人は同期の間柄。鈴木が初めてGHCに挑んだ相手が小橋だった。
プロレス観も違えば、ル―ツも違う。なにもかも違う両雄でありながら、2人にしかわからない互いの感情が交錯する。
だが、結果は変わらない。4大王座を独占して勝ち誇る鈴木軍。一方、ユニットの壁を超えてリングに集結し大同団結を誓ったノア勢。それを鈴木はせせら笑う。
「すべてが想定内で想像以下だったな。危機感もなにもない連中の集まりだから。危機から目をそらしてすべて他人事にしてきたから、今の状況がある。ああいう連中だってことは、10年前からわかっていた。体質はなにも変わってなかった」
10年前といえば、いま現在業界をリードしている新日本が暗黒期と呼ばれるほど混乱を呈し、代わってノアが業界の盟主とされていた時代。鈴木が絶対王者こと小橋に初挑戦したころである。
「あの当時ノアには信者的なファンがついていて、選手も純血がほとんどで、みんなが団結しているように見せていたけど、実際は全然そうじゃない。一部の人間だけが船を進めるための仕事をしていたけど、それ以外の連中はただ船に乗ってるだけのやつがいかに多かったか。だからこの2カ月、丸藤が俺らにやられていても知らん顔してるやつばっかりだったじゃん。他人事だよ。あんなの一致団結じゃない、お互い助けを求めて、互助会を組んだんだよ。俺は10年前、小橋建太が絶対王者の時代に参戦したときから感じていた。それがなぜあんなに繁栄したか……あの船を機能させる要があったんだ。ノアの歴史を見てきた人ならみんなわかるだろ。要がなくなったら、すべてバラバラじゃないか。沈みだしたら1人抜け、2人抜け……いまいるのは逃げ遅れたやつらだよ。その要があったからノアは方舟だったんだよ。まさにいまは海に漂う漂流船。あとは海のゴミになるだけだ」
凄まじいまでにシュートな発言。ある意味、一線を超えている。鈴木はあえて“要”の意味を口にしなかった。そこだけは聖域、それは鈴木にとってもギリギリのラインで礼節を守りたかったからだろう。
要が、三沢光晴をさしていることは明白だ。鈴木が本音をぶちまけた2カ月後、丸藤とのリターンマッチが組まれた。5・10横浜文化体育館。特別な土地、特別な場所。プロレスラー・鈴木みのる(当時・実)生誕の地である。
TAKA&デスぺラードは、小川良成&ザック・セイバ―Jrの職人コンビを巧妙に下してGHCジュニアタッグⅤ2に成功し、タイチもらしさ全開で小峠をかえり打ちにしてGHCジュニアⅤ2を達成した。
KESは『グローバル・タッグリーグ戦』で敗れた弾丸ヤンキース(杉浦&田中将斗)の挑戦を受けたが、鉄壁のキラ―ボムを決めてリベンジ。GHCタッグ王座2度目の防衛に成功した。
鈴木軍の3連続防衛を受けて、メインは鈴木vs丸藤のリターンマッチ。セコンドの介入を阻止するために、立会人の小橋にレフェリーと同等の権利が与えられた。試合前、ベルト返還を促す小橋に向かって、ベルトを放り投げた鈴木。だれよりもGHCに愛着を持つ小橋が怒りの形相。こちらも完全にシュートなのだ。小橋がセコンド全員の退去を命じる。退去するまで一歩も退こうとしない。
観客が焦れてしまうほど時間を要したが、これもまた小橋たる所以だろう。融通が効かないほど真っすぐなところが小橋の魅力でもある。その神経をさらに逆なでするのが鈴木らしさ。まったく相容れない性格の同期同士が、こうして睨み合うからおもしろいのだ。
あれからわずか2カ月おいての一騎打ち。今回は介入なし、言い訳無用。25分を超える激闘を制したのはまたも鈴木だった。正攻法での完勝。丸藤を精神的にどん底に叩き落とした格好である。
またも鈴木軍がリングを占拠。これではファンも怒りのぶつけようがない。声も出ないというのは、こういう状況を指すのだろう。
「ノアは完全に沈没した! 制圧でも侵略でもない、壊滅だ」
そして、またも小橋と睨み合い。トップロープに座りこみ、「ベルトを持って来い!」と手招きする鈴木と、「そこから降りてここまで取りに来い!」とリング上で動かない小橋。この大人げないまでの意地の張り合いが、張りつめた空気を少しだけでも緩めてくれるのが救いなのかもしれない。
「俺が王様だ! ルールは俺が決める。ここにあるのは、俺が強いという事実だけだ」
バックステージで鈴木は王様宣言。この時点で、2015年上半期のMVPは間違いなく鈴木みのるだと感じた。
鈴木の2度目の防衛戦の相手は、マイバッハ谷口。横浜で丸藤を破った鈴木に手を出し挑戦表明、それを鈴木が受けた格好でタイトルマッチが決まった。『三沢光晴メモリアルツアー2015』の6・15大阪府立体育会館・第二競技場で行われたGHC選手権。自らマスクを脱いでペイント姿で大暴れを見せたマイバッハだったが、最後はゴッチ式パイルドライバーに沈んだ。
そこに登場したのが、金髪の大男。鈴木の盟友だった高山善廣だ。闘う戦場は違ってもしっかりと絆で結ばれていた両者だが、3・28後楽園ホール大会で高山が鈴木と決別。丸藤、杉浦と握手を交わし、ノアサイドで鈴木軍と対していくことを宣言している。
「三沢さんと自分が競った至宝(GHCヘビー級ベルト)を汚されたのが許せない」と高山が言えば、「あいつはもう使えないから鈴木軍から切った男」と吐き捨てる鈴木。完全に袂を分けた2人は、闘う宿命のもと対峙した。
厳しい闘いになることは両者とも覚悟の上だろう。最後の一騎打ちが、鈴木みのる20周年興行(2008年6・17後楽園ホール)のメインイベントだった。盟友であり遺恨があるわけでもないのに、拳を固めて殴り合う両雄。試合後、顔を腫らした高山はこう言った。
「鈴木みのるとの試合はある意味、総合(格闘技)に出るより覚悟を強いられるね」
あれから7年、最強にして最凶の外敵・鈴木軍のボスとノアの砦を死守するために立ち上がった帝王の激突。鈴木に言わせれば、「王は2人いらない」となるのだ。
7・18後楽園ホール大会は超満員の観客で埋まった。地方大会はまだまだなのだが、首都圏の会場における鈴木軍効果は絶大。鈴木軍の参戦以来、後楽園ホールは満員続きである。メインイベントは鈴木みのるのGHC王座3度目の防衛戦。挑戦者は高山。
そういえば、初めて2人がシングルで相まみえたのは、12年前の相模原大会のメインイベント。“復活”NWF王者の高山に鈴木が初挑戦した試合だった。会場には高阪剛も来ており熱心に観戦していたのを思い出す。あの試合をキッカケに2人は急接近し、徐々に会話を交わすようになり、友人・盟友となっていった。
時代と月日の流れ、立場、生きかた、仕事への意識……さまざまな要素は人と人との関係を変える。いや、もしかしたら変わらない2人だから闘うのかもしれない。いずれにしろ、リング上では阿鼻叫喚の地獄絵が描かれ、ノア史上最悪のバッドエンドが待ち受けていた。
帝王は帝王らしく1人で立ち向かう。防衛戦を王様ゲームと称する王は王らしく、子分たち(タイチ、デスぺラード)を巧妙に使う。
場外戦になると鈴木はパイプイスやゴングを持ちだし額へ攻撃。これで高山は流血し顔面が赤く染まる。そこへ鈴木はナックルを打ち込んでいった。エルボー合戦、張り手の応酬と、やはり特別な関係を垣間見る意地の張り合い。高山のエベレストジャーマンが決まった。勝負ありか? だが、カウントを数える西永レフェリーの足をデスぺラードが引っ張って阻止する。
雲行きが怪しくなってきた。双方のセコンド陣がやり合う中、ふたたびジャーマンスープレックス狙いの高山を背後から飯塚が襲撃。イスで脳天をメッタ打ちにすると、金具の部分がヒットしたのか高山が後頭部から大流血。
金髪が赤に変色し、リングに血だまりができあがる。鈴木がトドメとばかり右ストレートを顎へ叩きこみ、スリーパーからゴッチ式パイルドライバー。高山はKO状態でダウン。大ブーイングの客席から次々と物が投げ込まれる。リング上はペットボトルとゴミの山。不穏な空気のなか、泣いている観客もいる。
ブチ切れたファンが「鈴木、オマエはカッコ悪い!」と連呼している。ノアで暴動寸前の雰囲気を味わうなど、過去に例がないことだ。鈴木軍がノアに侵攻してから半年、ファンの怒りの感情は沸点に達した感じ。
そこへ、次期挑戦をアピールするため、杉浦が現れたため、多少空気が変わった。さて、鈴木はこの試合をどう語ったのか?
「なんで物を投げるんだよ? おひねりか? 最近はプロレスブームだとか言ってよ。俺は見たぞ、てめえらが報道しているのを。最近のプロレスは怖くないんです。最近のプロレスは血なんか出ないんです。最近のプロレスは難しい関節技とか、マニアックな技はやりません。キレイな空中殺法だけです。イケメンしかいません。おいおいおい、どの口が言ってんだ? 俺がな、血ヘド吐いて生きてきたプロレスはそんなものどこにもなかったぞ。これもプロレス、それもプロレス、あれもプロレス、全部プロレスじゃねえかよ。2人の男が闘えば、それはすべてプロレスなんだ。ダンスじゃねえんだ、お遊戯じゃねえんだよ。殺し合いをしてんだよ。客も舐めた口を利いているんじゃねえぞ。こっちは命懸けでリングに上がってんだよ。俺が強かった、あいつが弱かった。ただ、それだけだ。それ以外の理由なんてどこにもありゃしねえ」
いま、この時代、おそらく暴動なんてあり得ない。それなのに、それに近い空気を作り上げてしまう鈴木軍の手法、手段には表裏一体ながら強烈なプロ意識を感じずにはいられない。
そのプロ意識が他のレスラーたちを凌駕しているからこそ、ノアの興行で鈴木軍のメンバーが登場してきた途端、空気がガラリと変わるのだろう。飯塚の一撃はアクシデントとなる。しかしながら、アクシデントもまた現実にリングで起こったこと。試合の一部なのである。
なにがあろうと、なにが起ころうとも、鈴木みのるが鈴木みのるを崩すことはない